映画は面白い。
そんなことは分かってる。
どこがどう面白いのか、それをはっきりと伝えたい。
どうやったら伝わる? どうやったら言葉に出来る?
そのヒントを、自分が日頃映画やその他のことについて
思考した事柄から見つけたい。
これからは「面白い」禁止。
その言葉以外で、とにかく続けることを目標に、書き進めていこうと思う。


Date:2007/07/15 Sun
Title:アルツハイマー病じゃない人へ


僕は片づけが苦手で、
気が付いたら机の上がものでいっぱいになっている。
どういうメカニズムでそうなるのか、
一度自分をよく観察してみたのだが、
なんのことはない、
出したらしまわない、ただそれだけのことだった。

特に「買ってきたもの」がその被害に遭いやすく、
どんどん溜まっていく。
それでも自分なりのルールがあるようで、
本はこの辺に、CDはこの辺に、ここはリモコンのスペースと
決めているらしい。
要するに、
従来閉まっておく場所と、出しっぱなしならココ
という第二のポイントがあるということだ。

だから、 「あれ、どこにおいたっけ」
というのはメガネ以外はほとんどない。

ところで、
某ツタヤにDVDを返す期限が近づいた渡辺謙の映画
『明日の記憶』を観た。

アルツハイマー病がテーマの映画なのだが、
もし僕がアルツハイマー病になったら、
ものの場所が分からなくなるのが怖くて、
ちゃんと片付けるようになるだろうと思った。
いまアルツハイマー病じゃないことの幸せと、
病気の怖さがよく分かった。

『明日の記憶』
簡素でいい映画だと思った。
渡辺謙という俳優個人から受ける印象が
そのままフィルムに焼き付いている感じだ。

具体的な画面としては
会社や家庭内・病院内の〈モノが少ない〉美術に反映され、
その中で、渡辺謙を始め、
樋口可南子、香川照之、田辺誠一、及川光博らが
非常に清潔な演技をすることによってより際立っている。

特に印象に残っているのは、お辞儀だ。
男性のお辞儀が気持ちいい。

清潔さと気持ちよさ。これがこの映画の核だと思う。

そこがしっかりと意識されているからこそ、
アルツハイマーという病気によって崩れていく
ひとりの男とその妻のカッコ悪さと泥臭さが引き立つ。

この計算されつくした美術と演技とカメラワークは、
堤幸彦監督らしくないとすら思えるほど整っている。
もしかしたら、
準備段階から相当渡辺謙の中でイメージが固まっていて、
それを具現化させることが大前提の
映画なのかもしれない。
いずれにしても、気持ちよくまとまっている。

ただ、終わるタイミングが悪いように感じた。
冒頭で2010年という字幕とともに、
病気が進行して末期状態だと思われる渡辺謙が
登場するという構成は素晴らしいと思うが、
それを受けてのラストになっていない。

「これから」というところで終わるにしても、
その後あの冒頭にたどり着くまでには
いくつものエピソードが飛ばされすぎていて、
すんなりと終わりを飲み込めない。
いろんな問題が宙ぶらりんのままである。

焼き物というモチーフは、
刻印や時間というつながりもあって悪くないと思うが、
それに最後に全責任を負わせるのは難しいのでは。
かといって、あのまま続けるのも確かに大変で、
もう一本の映画が出来てしまう分量になるだろう。

あまり長くはしたくないし、
前半の発病〜退職の章はしっかり描きたい、
という難しい選択どころで、「まぁ、ここで」という
ポイントを突いた、というところか。

それにしても香川照之は素晴らしい。
彼の存在はいろんな映画を救っている。
あと、及川光博もいい。
ミッチーの映画傑作選をやったら
相当見ごたえのあるものになると思う。


『明日の記憶』
(2005年/日本)
監督:堤幸彦 原作:萩原浩
出演:渡辺謙、樋口可南子、坂口憲二、吹石一恵、水川あさみ



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